ミニマルライフ

【ミニマリスト】モノを捨てられない罪悪感を捨てよう

こんにちは、ミニマリストかるみです。

 

モノを捨てる際に、「これ、~さんからもらったものだし捨てるのはちょっとなあ」と罪悪感を抱くことは多いのではないでしょうか。

 

今回はそういった罪悪感とどう向き合い、どのような思考をとって対処するかについてお話ししたいと思います。

 

想定している読者

「貰い物を捨てたいけど罪悪感がハンパなくて捨てられない!!!!」

 

 

モノを捨てられないのは罪悪感があるからです

結果から言うと、「~だからという罪悪感」があるから捨てられないのだと思います。

 

そこでまず、罪悪感の例を挙げてみます

罪悪感の例

・ほとんど使ってないから捨てられない

・友人が誕生日にくれたモノだから捨てられない。

・旅行先で記念に買ったモノだから捨てられない

・手作りだから捨てられない

 

ザっとこんな感じでしょうか。

しかし、こういった理由で捨てられない人が悪いという訳ではない気がします。

 

捨てることに罪悪感のある人は優しい心の持ち主

罪悪感のある方はそれだけ優しい心の持ち主だということです。

 

例えば、誕生日プレゼントだったら、「相手がせっかく自分を思って選んでくれたのだから捨てるのはどうも気分が悪い。」

 

このように、相手を思いやる心があると言えるでしょう。

そこは素直に自分を褒めるべきですし、そういった思いは持っておいた方がいいです。

 

感謝の気持ちは忘るべからずなので、、、

 

✔悲しい現実:心が優しいとモノは減りにくい

しかし、心が優しい人ほどモノは減りにくく、どんどん溜まっていってしまいます。

理由はかんたんです。優しさゆえに大事にとっておいてしまうからですね。

 

現に、ぼくも自分で自分を優しいとはいいにくいですが罪悪感があったのできもちはよくわかります。

 

批判はあるかもですが、友人が作ったキーホルダーを捨てる際など特に「悪いなあ」と思いました。

(もうこんな思いするなら軽はずみに買わなきゃよかった。)

 

大事な思考:思い出は心の中に、モノは思い出させる手段

捨てることに対して罪悪感を抱いてしまう人は、次の思考をもつべきです。

「思い出は心の中に、モノはそれを思い出させる手段」

 

例外はあるかもですが、「捨てようかな」と一瞬でも思ったものは捨てられます。

 

なぜなら、本当に必要なモノは捨てようという発想に至らないから。例えば、ブロガーさんなら今使っているPC(スマホ)を捨てようなんて決して思わないからです。

 

ちなみに、これを応用すると爆速で捨てられるようになります。【最速で捨てる思考】迷ったモノは捨てられる【今を生きる】にて解説しています。

 

思いが強く残っているモノでも、一度捨てるか迷ったなら、失礼な言い方かもしれませんが後付けの理由である可能性があります。

 

「これ捨てられそうだな。あ、でも~さんがくれたものだし。」っていうのはよくある話かと。

 

ここで重要なのは、後の「あ、でも~さんがくれたものだし。」が大事だということです。

 

モノを見ることが沸き上がる思い出だったり、感謝の気持ちへのトリガーになります。

そうすると、別に捨ててもいいかなと思えるでしょう。

 

 

手放す時、モノとの思い出を印象付ける方法

モノとの思い出を印象付ければ、手放すのがラクになるはずです。

コツは2つです。

①工夫して捨てる

②売る、譲る

 

②はさらに、「誰かに使ってもらえてる」という意味でも①よりも罪悪感がないと思います。

 

①工夫して捨てる

具体的にいうと、写真に撮ってから捨てようということです。

 

実物は捨て、ごく微小なデジタルデータで残しましょう。

何度も言いますが、大事なのは思い出すことです。

写真を見れば、思い出は甦ります。

 

この方法は意外と効力があって、実際にやってみるといかにモノ自体にはほとんど価値がなかったんだなと身に沁みます。

 

また、他のミニマリストさんたちにも御用達の方法みたい。

 

②売る、譲る

売りましょう。譲りましょう。

 

また別の人の手に渡って使われていくという事実は罪悪感を減らし、安心感を与えてくれます。

 

手放すというと、ゴミ袋にポイしまうというイメージがよくないですよね。

 

また、この方法はリサイクル、環境にも優しいのでエコですね。超おすすめ。

 

ちなみに、ぼくはよくメルカリで読まなくなった参考書を売ったり、ジモティーで小さめの家具を譲ったりしています。

 

関連【体験談】ジモティーを実際に使ってみた感想

 

付足:本当にそのモノ自体に価値があるかは不明な件

上で、わりときれいな話をしたのとは逆のお話になってしまいますが、

本当にそのモノ自体に価値があるかは不明な場合があります。

 

例えば、ハンドメイドの商品なんかがそれに当たりますね。

もちろん手作りという意味で貴重という意味合いはあります。でもそれに価値があるかはまた別の話かなと。

 

価値は製作者が決めるのではなく、所有者が決めるものです。

なぜなら、買われたとたんその商品は製作者の手の届かないところにいくので。

 

別に、「せっかく心を込めてつくってもらったハンドメイドだから~」と無理をするのはやめましょう。

 

あなたが捨てるか迷った時点で悲しいかな、価値はあまりないかもです。

今、物理的に必要かを考えよう。

まとめですが、やはり「今、物理的に本当に必要であるか」を考えましょう。

物理的というのは、「それが無くては困る。生活ができない。」などという意味です。

 

「せっかく~」にとらわれると不健康になる

「せっかくの思い出だし」という理由は、過去を大切にしていますが今を見ていないともいえるでしょう。

 

もし、そういった思い出の品がたまりにたまり家がゴミ屋敷のようになったら本末転倒です。(ゴミ屋敷は少ないかもですが、引き出しがそういった品であふれてる家はよくある気がする、、、)

 

なので、過去は写真を撮る、売る譲るなどしてそれなりの形に還元して心に保存することを強く勧めます。

 

むしろ、そうしないと過去ばかり大事にして、今の自分を大事にできないと思うので。

なかなか難しいですが、今、それが無くては困るものだけに囲まれるのが心理的に相当ラクになる環境設定だとも思います。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

関連記事